【大腸癌医療:No.15】肛門温存・直腸温存を目指した臨床試験 ENSEMBLE試験 その1
2023.01.09
肛門温存・直腸温存(臓器温存)を目指した臨床試験
今回は実行中の臨床試験についてご紹介します。
当センターでは、進行直腸癌(ステージII・III)に対してTNT(total neoadjuvant therapy)で、肛門温存・直腸温存(臓器温存)・人工肛門回避を目指した臨床第3相試験(ENSEMBLE試験)を実施しています。
直腸癌は国内だけでも年間5万3千人が罹患します。臨床病期II/III期の局所進行直腸癌(約60%)に対する世界での標準治療の一つは、手術前に化学放射線療法を行う治療から、放射線療法と薬物療法(化学療法)を行うTotal Neoadjuvant Treatment (TNT)と変わりつつあります。TNTは、術前に放射線治療と薬物療法を施行しより高い治療強度を維持することで、術前化学放射線療法と比較して遠隔転移や局所再発を抑制し長期予後を延長することが、ヨーロッパやアジアの第3相試験で証明されています(引用文献 1-3)。しかし、本邦では術前治療を施行しない手術単独治療が大腸癌治療ガイドラインで推奨する治療となっております。手術だけでも根治する可能性は十分にありますが、手術することで永久人工肛門になることや、排尿・性機能障害が生じる可能性に加えて、肛門機能低下による頻便・便失禁などの排便障害が必発であり、直腸癌患者の術後Quality of Life(QoL)は著しく低下するなどの問題があります。
TNTを行うことにより、遠隔転移や局所再発などの再発の抑制に加えて原発巣の縮小が得られ、臨床的に癌が消失する症例(cCR: clinical Complete Response)や癌が著明に縮小しほぼ消失する症例(nCR: near Complete Response)が約80%(それぞれ40%ずつ)に認められことが、アメリカから報告されました(引用文献 4)。これらの症例では、手術をしないで経過観察する非手術管理(NOM: Non-Operative Management)により手術を回避し、直腸や肛門を温存(臓器温存)しながら根治を目指すことが期待できるとなっています。発表されたデータによりますと、cCR例では約80%(全体の30%)、nCR例では約50%(全体の20%)に臓器温存が可能であり、総じて直腸癌患者の2人に1人で臓器温存が可能となっています。TNTにより直腸癌患者の予後とQoLの改善が期待できると考え、本邦でもTNTとNOMを標準化し、日本人の直腸癌患者さまに対して、直腸や肛門を温存(臓器温存)を目指した治療開発を実施すべく第3相試験が進行中です。
TNTは、本邦のガイドラインには記載されておらず、まだまだ治療開発中の治療法になっています。したがって、臨床試験として実施すべき新規治療であります。直腸癌に対してTNTをご希望の患者さまがおられましたら、ENSEMBLE試験の実施医療機関にお問合せください。
本臨床試験は、「日経メディカル」や「がんなび」でも紹介されています。また、jRCT (jRCTs031220342)やClinicaltrials.gov(NCT05646511)でも情報公開されています。ご確認ください。
実施医療機関 |
国立がん研究センター東病院 |
国立がん研究センター中央病院 |
九州大学病院 |
慶應義塾大学病院 |
大阪大学医学部附属病院 |
名古屋大学医学部附属病院 |
公益財団法人がん研究会 有明病院 |
独立行政法人国立病院機構 九州がんセンター |
地方独立行政法人 神奈川県立病院機構 神奈川県立がんセンター |
独立行政法人東京都立病院機構 東京都立駒込病院 |
横浜市立大学附属市民総合医療センター |
札幌医科大学附属病院 |
独立行政法人国立病院機構 大阪医療センター |
地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪急性期・総合医療センター |
岐阜大学医学部附属病院 |
公益財団法人大原記念倉敷 中央医療機構 倉敷中央病院 |
国家公務員共済組合連合会 横須賀共済病院 |
横浜市立大学附属病院 |
独立行政法人国立病院機構 九州医療センター |
産業医科大学病院 |
日本医科大学付属病院 |
北里大学病院 |
引用文献
1 Conroy T, Bosset J-F, Etienne P-L et al. Neoadjuvant chemotherapy with FOLFIRINOX and preoperative chemoradiotherapy for patients with locally advanced rectal cancer (UNICANCER-PRODIGE 23): a multicentre, randomised, open-label, phase 3 trial. Lancet Oncol 22(5), 702–715 (2021).
2 Bahadoer RR, Dijkstra EA, Etten B van et al. Short-course radiotherapy followed by chemotherapy before total mesorectal excision (TME) versus preoperative chemoradiotherapy, TME, and optional adjuvant chemotherapy in locally advanced rectal cancer (RAPIDO): a randomised, open-label, phase 3 trial. Lancet Oncol 22(1), 29–42 (2021).
3 Jin J, Tang Y, Hu C et al. Multicenter, Randomized, Phase III Trial of Short-Term Radiotherapy Plus Chemotherapy Versus Long-Term Chemoradiotherapy in Locally Advanced Rectal Cancer (STELLAR). J Clin Oncol 40(15), 1681–1692 (2022).
4 Garcia-Aguilar J, Patil S, Gollub MJ et al. Organ Preservation in Patients With Rectal Adenocarcinoma Treated With Total Neoadjuvant Therapy. J Clin Oncol (2022).
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